「だめんず・うお~か~」の大ヒットで知られる漫画家・倉田真由美さん。
漫画家としてだけではなく、コメンテーター、大学講師など幅広いジャンルでご活躍されていますよね。
そんな倉田真由美さんの生い立ちや学歴、そして漫画家デビューのキッカケについて調べてみました!
倉田真由美のプロフィール
《倉田真由美のプロフィール》
本名:叶井 真由美(かない まゆみ)
生年月日:1971年7月23日
出身地:福岡県福岡市
身長:162㎝
血液型:O型
所属事務所:ミューン
倉田真由美の出身地と実家の家族構成
倉田真由美さんは、1971年7月23日、福岡県福岡市にて誕生しました。
実家の家族構成は、両親に妹が一人の4人家族。
父親は銀行員をしていました。
両親は現在・地元・福岡県に住んでおり、倉田さんのお子さんの世話をしているようです。
倉田さんには、ご自身のお子さんは2人いらっしゃいます。
一人目は28歳の時に結婚し、男の子を出産されています。
ですが、結婚後2年で離婚。
東京での仕事に忙しかった倉田さんは、息子さんを福岡の両親のもとに預け、週に一度は息子に会うために帰省していたそうです。
そして、二人目は未婚のまま妊娠を発表し、女の子を出産されています。
その後は娘の父である、映画配給会社の取締役・叶井俊太郎氏と結婚されているようですね。
倉田真由美の出身小学校・中学校
倉田真由美さんの出身小中学校は残念ながら公開されていません。
福岡県福岡市出身の倉田さんですので、おそらく福岡市内の小中学校へ通っていたと思われます。
小学校時代から成績が優秀だったという倉田さん。
中学校では、スパルタの塾に通い、九州の名門校に通う同じ塾の生徒とともに勉学に励みます。
猛勉強に励んだ倉田さんは、中学校3年生の時の福岡県の模試では、県で1位の成績を収めます。
この頃の倉田さんは、赤ぶちメガネをかけたがり勉で、男の子には全然モテなかったそうです。
ですが、県で1位の成績はすごすぎます。
もちろん元々の頭の良さもあるのでしょうが、やはり努力なくしてはこんな高い成績は収められませんよね。
倉田真由美の出身高校・大学と漫画界デビューのキッカケ
小中学校と、大変優秀な成績を収めていた倉田さんは、福岡県立福岡高等学校に進学します。
福岡高校の偏差値は71です。
福岡県内でも御三家と呼ばれる1校であり、トップクラスの進学校です。
大変優秀な成績を持つ生徒が集まる高校でもありますが、ラグビー部は全国でも強豪校として知られています。
出身者も数多くの著名人や文化人が名を揃えています。
中学生までスパルタ式の塾で猛勉強を行っていた倉田真由美さん。
そんな倉田さんは、超進学校に進学したにも関わらず、高校時代の勉強はあまり熱心にしていなかったようです。
「それほど熱心に勉強もせず、趣味の漫画を描きながら、勉強もした」と語っています。
この頃、将来の夢は漫画家になることと決めていた倉田さんは、小学館や集英社のある東京の大学に憧れを持ちます。
ですが、両親からは地元・国立九州大学よりも上の大学ではないとダメと言われ、一橋大学を受験。
本気で漫画家を目指していた倉田さんは、大学受験の前日にも、持ち込み原稿を持参して出版社巡りをしていたそうです。
高校卒業後に上京し、一橋大学商学部へ進学。
ちなみに一橋大学商学部の偏差値は68です。
大学ではサッカー部の主将に恋し、マネージャーとして同部に入部します。
漫画家になることよりも、恋愛に夢中だった倉田真由美さん。
そして、同じゼミにいた、当時からプロ漫画家の黒田硫黄と自分の力の差を感じ、漫画家になることを一時断念します。
大学卒業時は普通の就職を目指して就職活動を行いますが、様々な理由で就職活動に失敗。
そこで、この就職活動に失敗したエピソードを元に、就活に失敗をする女学生を描いた漫画を執筆。
この漫画でヤングマガジンギャグ大賞を受賞し、漫画家としてのデビューを飾ります。
その後はヒット作に恵まれず、様々なアルバイトの傍ら、漫画家活動を行っていたようです。
そんなある日、大きな欠陥のある男性との恋愛を繰り返す女性たちを描いた「だめんず・うお~か~」が大ヒット。
この作品でブレイクを起こした倉田さんは、現在では漫画家としてだけではなく、コメンテーターとして多くのテレビ番組に出演しています。
まとめ
漫画家としてだけではなく、テレビのコメンテーターやNHK経営委員会委員、大学講師など多数の肩書を持つ才女・倉田真由美さん。
プライベートでは2度の結婚、出産を経験し、女性としての魅力にも磨きがかかっていますね。
そんな倉田真由美さんのこれからのご活躍が楽しみですね!
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