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【著名人・芸能人の学歴】高島忠夫の出身校(小学校・中学校・高校・大学)の偏差値と生い立ち、そして芸能界デビューのキッカケ

画像引用:http://lh6.ggpht.com/dokusyaku/SFFJF-1BsnI/AAAAAAAAAiY/kRxWBbCO_P8/s400/%E9%AB%98%E5%B3%B6%E5%BF%A0%E5%A4%AB.jpg長年、芸能界で活躍をされている高島忠夫さん。

俳優・司会業など様々なジャンルでその才能を発揮し、その存在は日本の芸能界に多くの影響を与えてきました。

そんな高島忠夫さんの生い立ちや学歴、そして芸能界デビューのキッカケについてご紹介します。

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高島忠夫のプロフィール

《高島忠夫のプロフィール》
画像引用:http://koimousagi.com/wp-content/uploads/2017/07/takasimatadao.jpg本名:高嶋 忠夫 (たかしま ただお)
生年月日:1930年7月27日
出身地:兵庫県神戸市
身長:公表なし・推定180㎝
血液型:O型
所属事務所:東宝芸能

 

 

 

高島忠夫の出身地と実家の家族構成

 

画像引用:https://encrypted-tbn0.gstatic.com/

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高島忠夫さんは、1930年7月27日、兵庫県武庫郡御影町にて誕生しました。

この武庫郡御影町は現在は、神戸市東灘区御影町となっています。

両親と姉妹弟のいる4人きょうだいの長男として生まれた高島忠夫さん。

高島さんの祖父は、大地主で不動産収入がある裕福なご家庭でした。

そのため高島さんの父は琵琶師匠を称していましたが、弟子もおらず、生涯定職についていない人でした。

4歳年下の弟・高島弘之さんは、現在では音楽ディレクター・プロデューサーをしており、「ビートルズの日本での仕掛け人」として有名です。

その娘さん、つまり高島忠夫さんの姪にあたるのが、バイオリニストの高嶋ちさ子さんです。

そして、高島忠夫さんの奥さんは女優の寿美花代さん、元タカラジェンヌとしても有名です。

また息子さんは俳優の高島政宏さん、高嶋政伸さんですので、高島ファミリーは芸能一家としても有名ですね。

 

 

高島忠夫の出身小学校・中学校

 

画像引用:https://i.ytimg.com/

画像引用:https://i.ytimg.com/

 

 

高島忠夫さんの出身小学校は、残念ながら公開されていません。

ですが、現在の兵庫県神戸市東灘区御影町出身の高島さんは、ネットの噂によると現在の神戸市立御影小学校出身ではないか?と言われています。

あくまでも噂ですので真意の程はわかりませんが、出身地からしてもその可能性は高いですね。

ただ、1930年生まれですので、当時は小学校という名称ではなく、尋常小学校という名称だったはずです。

そして、現在の御影小学校出身であれば、高島さんが在籍した当時は御影第一尋常高等小学校という名称でした。

今でいう小学校を卒業した高島忠夫さんは、当時は男子に対して中等教育を行っていた、旧制中学に進学します。

旧制中学は、小学校卒業後の12歳から16歳までを対象とした学校で、今でいう中学~高校にかけての期間と同じです。

成績は非常に優秀だった高島忠夫さんは、神戸一中という旧制中学に進学しました。

神戸一中は、現在の兵庫県立神戸高等学校です。

現在の神戸高校の偏差値は普通科で71となっており、神戸市内でもトップクラスの進学校です。

ですが、高島さんが在籍していた当時の神戸一中は、兵庫県内では一番の進学校で、超エリートと言われていました。

現在では、灘高校よりも偏差値が低い神戸高校ですが、高島さんのいた旧制中学時代は間違いなく、一番成績が優秀な人々が行く学校だったんですね。

神戸一中では水泳部に所属していた高島さん。

神戸一中時代には、同じクラスに小説家の小松左京さん、翻訳家の國弘正雄さんがいました。

小松さんとは、一緒にバンドを組んだことがある仲だそうです。

著名な方々が何人も出るクラスとは、とても優秀な学校だったのがよくわかりますね。

 

高島忠夫の出身高校・大学と芸能界デビューのキッカケ

 

画像引用:http://slant-reading.com/wp-content/uploads/2013/06/130611-239_01-300x225.jpg

画像引用:http://slant-reading.com/

 

旧制中学の神戸一中に入学し、そのまま今でいう高校に在籍していた高島さん。

高島さんの在学中に学制改革により、六・三・三制となり、神戸一中5年から神戸高校2年に進学します。

ですが、当時高島さんはジャズに没頭しており、そのまま神戸高校を退学。

その後は、今でいう水泳推薦を利用し、関西学院高等部へ編入します。

現在の関西学院高等部は偏差値は68となっていますが、高島さんが在籍していた当時は偏差値も異なる可能性があります。

また、高島さんは水泳推薦でいたので、もしかすると学科試験が免除されていた可能性が高いです。

どちらにしろ、神戸で一番の旧制中学に在籍していたので、成績は非常に優秀だったことでしょう。

高校では、団鬼六さんがボーカルをしていた軽音楽部に所属していたそうです。

高校を卒業した高島さんは、関西学院大学法学部に進学します。

関西学院高等部からの内部進学とはいえ、成績が優秀でないと入れませんよね。

そんな高島さんに転機が訪れたのは、20歳の時。

映画会社新東宝のニューフェイス「新東宝スターレット」の一期生として合格し、芸能界に入ります。

芸能界に入ったことで、関西学院大学は2年の時に中退します。

その後は、21歳の時に東京に上京し、一人暮らしをしながらボーカルレッスンや演技の勉強を行います。

そして、翌年には映画デビューを飾り、同年「チョイト姐さん思い出柳」では映画初主演。

以降、新東宝の映画では主役級で大活躍をし、1950年代から60年代にかけて100本以上の映画に出演します。

コミカルな演技から、迫真の演技まで幅広い役柄を演じ、大人気スターへ躍進した高島さん。

プライベートでは、タカラジェンヌだった寿美花代さんと結婚され、高島正弘さん、高嶋政伸さんという息子二人をもうけました。

結婚後は生後5か月の長男を当時の家政婦に殺害されるという不幸にも見舞われましたが、その後も夫人とともに芸能界のおしどり夫婦として活躍。

長年に渡って芸能界に君臨し、年齢を重ねても明るく楽しいキャラクターとして様々なジャンルで活躍をされています。

 

まとめ

 

高島ファミリーのお父さんとして、長年に渡り芸能界で活躍をされている高島忠夫さん。

明るいキャラクターの影には、様々な苦労もあったようですが、学生時代の成績は非常に優秀で、高学歴の持ち主だったんですね。

そんな高島忠夫さんもご高齢となりましたが、健康にはご自愛し、少しでも長く芸能界でご活躍していただきたいと思います。

 

 

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