吉岡里帆の大学・高校
今回は、人気女優・吉岡里帆さんの学歴や学生時代のエピソードについてご紹介します。
今や数々のドラマや映画で活躍し、CMにも引っ張りだこの吉岡さんですが、実は意外な学歴を持っているんです。なんと、彼女は京都府内でもトップクラスの進学校・嵯峨野高校の出身!
さらに、もともとは女優ではなく書道家を目指していたそうです。7歳から書道を始め、その腕前はなんと八段。大学も書道の名門・京都橘大学に進学し、本気で書道の道を志していました。
しかし、そんな彼女の人生を大きく変える転機が訪れます。そして、その後待ち受けていたのは、想像を絶するほどの苦しい下積み時代。
深夜バスでの東京通い、安宿生活、掛け持ちのアルバイト…人気女優になるまでの道のりは決して楽なものではありませんでした。
今回は、吉岡里帆さんの知られざる学歴と、女優として成功するまでの努力の軌跡をたっぷりとお届けします!
それでは、さっそく見ていきましょう!
吉岡里帆の出身小学校
吉岡里帆さんの出身小学校は、公開されていません。
ただ、京都市内の太秦出身で、小さい頃から東映太秦映画村が遊び場だったこと、また、学校が自宅からも通える距離だったことから、京都市立太秦小学校出身の可能性が高いようです。
吉岡さんは、1999年4月に、小学校に入学し、2005年3月に卒業しています。
京都市立太秦小学校
学校名 | 京都市立太秦(うずまさ)小学校 |
所在地 | 〒616-8127 京都府京都市右京区太秦奥殿町1-1 |
最寄駅 | 太秦広隆寺駅(京福電気鉄道[嵐電]嵐山本線) |
公式サイトHP | ― |
著名な卒業生 | 釜本邦茂(元サッカー選手)・原田(お笑い芸人) |
吉岡里帆さんの小学校時代
3年1月15日生まれ京都府、京都市、右京区太秦(うずまさ)出身の吉岡里帆さん。
家族構成は、お父さん、お母さん、吉岡里帆さん、3歳下の弟さんの4人家族。
お父さんは、映像会社を経営しながら、カメラマンとして働かれています。
ご家族は、映画、演劇、舞伎、日本舞踊、落語などの、芸術文化に親しんでいる家庭とのことです。
そのため、吉岡里帆さんも、幼い頃から、自然と芸術文化が、身近にある環境に育ちました。
吉岡里帆さんの誕生日には、毎年、ご両親から、小説や映画のチケットが、プレゼントされていたそうです。
なんとも文化的なご家族ですね!
吉岡里帆さんの高い演技力は、幼少期の環境のおかげなのかもしれませんね!
そんな吉岡さんが本気で夢見た最初の職業は「書道家」。7歳の時、友人の誘いで書道を始めると、その魅力にどんどん引き込まれました。
真剣に取り組み続けた結果、腕前は八段というプロ級のレベルにまで到達。まさに天才書道少女だったのです。
また、吉岡さんには幼い頃の可愛らしいエピソードがあります。なんと、幼稚園時代に初恋を経験!
好きになったのは、お笑いコンビ「ネイビーズアフロ」のはじりさん。
小学校に上がってからもその思いは続き、小学3年生のバレンタインには、住所を調べてチョコと手紙を渡しに行ったのだとか。
「ずっと好きでした」と告白したというエピソードは、当時の純粋な気持ちが伝わってきますね。
そんな吉岡さんの幼少期は、書道や芸術に囲まれた、文化的な環境の中で育まれました。
この経験が、後の彼女の感受性や表現力に大きな影響を与えたのかもしれませんね。
吉岡里帆の出身中学校
出身中学校も公表していない吉岡里帆さん。
しかし京都市立太秦中学校出身の可能性が、高いようです。
吉岡さんは、2005年4月に同中学校に入学し、2008年3月に卒業しています。
京都市立太秦中学校
学校名 | 京都市立太秦(うずまさ)中学校 |
所在地 | 〒616-8167 京都府京都市右京区太秦田藪町14-144 |
最寄駅 | 太秦広隆寺駅(京福電気鉄道[嵐電]嵐山本線) |
公式サイトHP | http://www.edu.city.kyoto.jp/hp/uzumasa-c/ |
著名な卒業生 | ― |
吉岡里帆の中学校時代
小学6年の秋に観た映画『スウィングガールズ』に感動した吉岡里帆さん。
そのことがキッカケで、中学校に入学した吉岡さんは吹奏楽部に入部。
吹奏楽部では、アルトサックスを担当したそうです。
吉岡里帆さんの座右の銘は『周りを聴くこと』。
これは、恩師である吹奏楽部の顧問の先生の口癖だった言葉です。
独りよがりな演奏にならないよう、周りの音をよく聴き、調和を大切にすること。
この言葉は、女優になった今でも大切にしているそうです。
また、この頃からドラマや映画を観ることが好きになり、『ケイゾク』や『HIRO』といった作品をよく見ていたそうです。
ミステリーやサスペンスなどのストーリー性の強い作品に夢中になり、演技の世界に対する興味が少しずつ芽生え始めた時期かもしれません。
そして、吉岡さんの中学時代にはちょっとした恋愛エピソードも。
彼女自身がバラエティ番組で明かしたところによると、15歳の時に初めて彼氏ができたそうです。
ただし、吉岡さんは早生まれなので、これは高校1年生の時の可能性もあります。
中学時代の彼女は、勉強も頑張りながら、部活や恋愛など青春をしっかり満喫していたようですね。
この時点ではまだ演劇の道を目指していなかった吉岡さんですが、吹奏楽を通じて表現する楽しさを知り、ドラマを観ることで物語の世界に惹かれていったことが、後の女優としてのキャリアにつながっているのかもしれません。
吉岡里帆の出身高校
吉岡里帆さんの出身高校は京都府立嵯峨野高校(偏差値62)です。
吉岡さんは、2008年4月に同高校に入学し、2011年3月に卒業しています。
京都府立嵯峨野高校
学校名 | 京都府立嵯峨野高校 |
学科・コース | 京都こすもす科 |
偏差値 | 62~71 |
所在地 | 〒616-8226 京都府京都市右京区常磐段ノ上町15 |
最寄駅 | 常磐駅(京福電気鉄道:北野線)・太秦駅(JR山陰本線) |
公式サイトHP | https://www.kyoto-be.ne.jp/sagano-hs/ |
著名な卒業生 | 福山哲郎(政治家)・松原千明(女優)・長戸勇人(クイズ作家) |
吉岡里帆の高校時代
嵯峨野高校は、偏差値は62で、京都の公立高校では3番目に頭の良い高校です。
また、嵯峨野高校は、『京都の御三家』とも言われているそうです。
現役で国公立大学への進学する生徒も多い学校であることから、吉岡里帆さんの学力の高さが伺えます。
まさに才色兼備ですね!
高校時代の吉岡さんは、とにかく勉強漬けの日々を送っていました。
授業が始まる前から国語や英語の課題に取り組み、放課後は大学受験に向けた特別授業にも参加。
目標を見失いそうになりながらも、ひたすら努力を重ねていたそうです。
ただ、進学校の厳しい環境の中で「何のために勉強しているのか分からなくなり、息苦しさを感じていた」とも語っています。
また、高校生活の中でいくつかのクラブ活動にも挑戦しました。
軽音楽部に入部し、「さくらん」というバンドを組んだものの、何をしていいのか分からずほとんど活動せずに解散。
さらにソフトボール部のマネージャーも務めましたが、すぐに辞めてしまったそうです。
自分に合った活動を模索する中で、彼女は勉強とアルバイトに力を入れるようになりました。
そんな高校生活の中で、吉岡さんには忘れられないエピソードがあります。
それは、高校2年生の修学旅行。
当時、シンガポールとマレーシアを訪れる予定でしたが、なんと出発前日にパスポートを紛失!
その結果、修学旅行には参加できなかったそうです。
今では笑い話かもしれませんが、当時の吉岡さんにとってはかなりショックな出来事だったでしょう。
しかし、そんな彼女の人生を大きく変える転機が訪れます。
高校3年生の時、映画『天地明察』のエキストラとして出演。その撮影中、同志社大学の演劇部員に誘われ、つかこうへいさんの『蒲田行進曲』や『銀ちゃんが逝く』を観劇。
その舞台に感動し、「芝居ってこんなにもすごい世界なんだ」と強く衝撃を受け、演劇に目覚めました。
この経験が、彼女の人生の大きな分岐点となり、書道家を目指していた道から、役者への道へと進むきっかけになったのです。
そして、高校3年生の頃から俳優養成所へ通い始めました。
残念ながら吉岡さんが通った養成所は特定できませんでした。
ただ、自宅の近くには東映の映画村や松竹の撮影所があります。
もしかしたら、東映や松竹の俳優養成所に通っていたのかも知れませんね!
吉岡里帆の出身大学
吉岡里帆さんの出身大学は京都橘大学 日本語日本文学科 書道コース(偏差値35)です。
この大学へは、書道の道を極めるために進学しました。
吉岡さんは、2011年4月に同大学に入学し、2015年3月に卒業しています。
ちなみに、京都橘大学 日本語日本文学科 書道コースの偏差値は35です。
京都橘大学
学校名 | 京都橘大学 |
学科・コース | 日本語日本文学科・書道コース |
偏差値 | 35 |
所在地 | 〒607-8175 京都府京都市山科区大宅山田34 |
最寄駅 | 椥辻〔なぎつじ〕駅(京都市営地下鉄東西線) |
公式サイトHP | https://www.tachibana-u.ac.jp/ |
著名な卒業生 | 日高萌(東レアローズ)・橋本小雪(芸人) |
吉岡里帆の大学時代
高校卒業後、吉岡里帆さんは京都橘大学 文学部 日本語日本文学科 書道コースに進学しました。
この大学は書道の名門校として知られ、特に少数精鋭の指導体制が整っていることでも有名です。
幼い頃から書道を続けていた吉岡さんにとって、まさに理想的な環境でした。
実際に、彼女の書道の腕前は八段というプロ級のレベル。
大学2年生までは本気で書道家を目指していたそうで、日々練習に打ち込みながら技術を磨いていました。
しかし、彼女の運命を大きく変える出来事が大学1年生の時に訪れます。
ある日、同志社大学に通う友人に誘われ、小劇場の舞台に立つことになった吉岡さん。
ここで演じたのは、唐十郎の『吸血姫』の主人公役。
これが彼女にとって初めての演技経験でしたが、その瞬間に演劇の魅力にすっかり引き込まれてしまいます。
「書道も好きだけど、芝居はもっと面白い」と感じた吉岡さんは、次第に役者の道を志すようになりました。
それからの彼女は、京都の大学に通いながら東京の養成所でレッスンを受けるという、かなりハードな生活を送ることになります。
京都で授業を受けた後、アルバイトをしてお金を貯め、深夜バスで東京へ向かい、オーディションやレッスンを受けてまた京都へ戻る……そんな生活を続けていたそうです。
この厳しいスケジュールの中で、「このまま書道を続けるべきか、それとも芝居の道に進むべきか」と悩みながらも、次第に演技への思いが強くなっていきました。
そして、大学3年生の時、ついに大きな決断を下します。それが、「転学」という選択でした。
芸能活動と両立しやすい都内の大学へ転学し、芝居に専念できる環境を整えた吉岡さん。
最終的に転学した大学名は公表されていませんが、無事に卒業を果たし、本格的に女優としての道を歩み始めました。
こうして、書道家を目指していた吉岡さんは、演劇の魅力に取り憑かれ、女優への道を本気で進み始めることになります。
しかし、この後、彼女にはさらなる試練が待ち受けていました。
吉岡里帆の壮絶な下積み時代
吉岡里帆さんが女優を志すと決めた後、待ち受けていたのは壮絶な下積み時代でした。
京都の大学に通いながら、東京の養成所に通うという厳しい生活。交通費を節約するために、新幹線ではなく深夜バスを利用し、夜行バスで東京へ向かってはオーディションを受け、終わるとまた京都へ戻るという日々を続けていました。
東京での滞在先も決して快適なものではありませんでした。
泊まるのは、スーツケースがやっと入るほどの狭い安宿。
共同シャワーではお湯が出ないこともあり、寒い中で冷たい水を浴びながら耐えることもあったそうです。
女優を目指す道は決して華やかなものではなく、まさに必死で食らいつくしかない状況でした。
さらに、オーディションを受け続けても、なかなか仕事が決まりませんでした。
20歳という年齢でデビューした吉岡さんでしたが、女優の世界ではまだまだ新人。
15~16歳の若い新人たちと一緒にオーディションを受けながら、厳しい競争に挑み続ける日々でした。
生活費と東京への交通費を捻出するために、アルバイトも掛け持ちしていました。
居酒屋、カフェ、歯科助手など、時には4つもの仕事をこなすこともあったそうです。
大学の授業を受けた後、バイトをし、そのまま夜行バスに乗って東京へ向かうという、常に時間と戦う毎日でした。
しかし、そんな苦しい状況の中でも、彼女は家族にこの夢を打ち明けることができませんでした。
親には「東京でオーディションを受けている」とは言えず、内緒で上京を繰り返していたそうです。
そのため、不安に押しつぶされそうになることも多く、「私は一体何のためにこんなことをしているんだろう」と涙することもあったと語っています。
それでも彼女は諦めませんでした。
この壮絶な下積み時代を乗り越えたからこそ、彼女は今、多くの人に愛される女優へと成長したのです。
そして、ついに吉岡さんにとっての大きな転機が訪れることになります。
吉岡里帆のブレイクのきっかけ
吉岡里帆さんの女優としての転機は、2015年に訪れました。
この年、彼女はNHKの朝ドラ『あさが来た』のヒロインオーディションを受け、最終選考まで進出。
しかし、惜しくもヒロインには選ばれませんでした。普通ならここで諦めてしまいそうですが、吉岡さんの演技は制作陣の心を掴んでいました。
「あの子に何か役をやらせたい」という声が上がり、ヒロインの娘の親友・田村宜(のぶちゃん)役として起用されたのです。
この役がきっかけとなり、彼女の名前は全国的に知られるようになりました。
丸メガネがトレードマークののぶちゃんは、ひたむきでありながら時にコミカルな演技が光り、視聴者からも愛されるキャラクターに。
ここから吉岡さんの快進撃が始まります。
翌2016年には、結婚情報誌『ゼクシィ』の9代目CMガールに抜擢。『ゼクシィ』のCMといえば、これまで多くの人気女優を輩出してきた登竜門的存在。
その影響力は絶大で、このCMを機に彼女の知名度は一気に上昇しました。
この年、吉岡さんはなんとCM8本、ドラマ6本に出演し、一気にブレイク女優の仲間入り。
苦しい下積み時代を乗り越え、ついにスポットライトを浴びる存在へと成長しました。
こうして、彼女の努力と才能が実を結び、女優としての道が大きく拓かれたのです。
まとめ
吉岡里帆さんの学歴を振り返ると、まさに努力と挑戦の連続でした。
京都府の進学校である嵯峨野高校に進学し、書道家を目指して京都橘大学へ進学。
しかし、大学1年生の時に演劇と出会い、その情熱が書道への思いを上回ることに。
演技の道へ進む決意を固め、ついには大学を転学して芸能活動に本格的に取り組むようになりました。
その後、彼女が経験した下積み時代は想像を絶するもの。
深夜バスで京都と東京を往復し、狭い安宿に泊まり、最大4つのアルバイトを掛け持ちしながらオーディションを受け続ける日々。
それでも夢を諦めずに努力し続けた結果、朝ドラ『あさが来た』でブレイクし、ゼクシィのCMで一気に知名度が上昇。
現在では、多くのドラマや映画で活躍する人気女優となりました。
彼女の成功の裏には、計り知れない努力と情熱があったことが分かります。
これからも吉岡里帆さんの活躍から目が離せませんね!
吉岡里帆のプロフィール
本名:吉岡 里帆(よしおか りほ)
生年月日:1993年1月15日
出生地:京都府京都市右京区
身長:158 cm
血液型 B型
所属事務所:エーチームグループ
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