この記事では、写メールの生みの親として知られる高尾慶二さんの学歴と経歴を紹介します。
2024年4月13日放送のNHK『新プロジェクトX〜挑戦者たち〜』の「弱小タッグが世界を変えた ~カメラ付き携帯 反骨の逆転劇~」に出演して注目を集めている高尾慶二さん。
この記事を読むと、高尾慶二さんの気になる学歴と経歴や高尾さんの功績を理解することができます。
この記事を読むとわかること
- 高尾慶二さんの充実した学歴と経歴!
- 写メール誕生の背後にあるストーリー
- 現代のスマホ文化への影響と高尾慶二さんの功績
高尾慶二の学歴
写メールの生みの親として知られる高尾慶二さんの学歴を紹介します。
結論から申し上げますと、高尾慶二さんの学歴は以下の通りです。
高尾慶二の学歴
- 出身高校は佐世保工業高等専門学校
- 出身大学・大学院は豊橋技術科学大学 工学部 電気・電子工学専攻
それでは、高尾慶二さんの出身高校・大学・大学院について詳しくご紹介していきます。
高尾慶二の出身高校
高尾慶二さんの出身高校は佐世保工業高等専門学校です。
佐世保工業高等専門学校は偏差値66の学校です。
高尾慶二さんは1975年4月に同高等専門学校に入学して、1980年3月に卒業しています。
佐世保工業高等専門学校
学校名 | 佐世保工業高等専門学校 |
学科・コース | 不明 |
偏差値 | 66 |
所在地 | 〒857-1193長崎県佐世保市沖新町1-1 |
最寄駅 | 日宇駅(JR佐世保線) |
公式サイトHP | https://www.sasebo.ac.jp/snct/ |
著名な卒業生 | 渡邊耕一(Cygames社長) |
佐世保工業高等専門学校は、1962年に設立された長崎県にある国立の高等専門学校で、全国に51校ある国立高等専門学校の一つです。
理工系を中心に、IT、ものづくり、化学、建築、商船など多岐にわたる分野で約6万人の卒業生を輩出しています。
本科5年間と専攻科2年間の教育を通じ、準学士及び大卒同等の学士の学位が取得可能であり、高度な科学技術と実践力、創造性、豊かな教養と人間性を兼ね備えた人材の育成を目指しています。
特に、機械工学、電気電子、電子制御、物質工学の4学科を設置し、技術的な教育だけでなく、社会性や創造力の育成にも力を入れています。
学生生活では、全国高専ロボコン出場などのコンテストや、豊富なクラブ活動を通じて、チームワークやコミュニケーション能力なども養われます。
偏差値は66と高く、入学後は就職率100%と高い実績を誇っており、多くの卒業生が国内外で活躍しています。
高尾慶二の出身大学
高尾慶二さんの出身大学は豊橋技術科学大学 工学部 電気・電子工学専攻です。
豊橋技術科学大学 工学部 電気・電子工学専攻は偏差値53の学校です。
高尾慶二さんは1980年4月に同大学の3年生に編入して、1982年3月に卒業しています。
また、高尾慶二さんは1982年4月に豊橋技術科学大学の大学院へ進学し、1984年3月に修了しています。
豊橋技術科学大学
学校名 | 豊橋技術科学大学 |
学科・コース | 工学部 電気・電子工学専攻 |
偏差値 | 53 |
所在地 | 〒441-8580愛知県豊橋市天伯町雲雀ヶ丘1-1 |
最寄駅 | 豊橋駅(JR東海道本線・名古屋鉄道) |
公式サイトHP | https://www.tut.ac.jp/ |
著名な卒業生 | ー |
豊橋技術科学大学は1976年に愛知県豊橋市に設立された国立大学で、高等専門学校卒業生を主たる対象とし、大学院重点の工学系教育を行う特色ある大学です。
この大学は、産学連携活動や研究活動が活発で、特に半導体センサ・デバイスの研究で世界トップクラスの実績を持つなど、技術科学分野での教育・研究において使命を持っています。
大学院まで一貫した教育体系を採用し、学部から大学院への進学を前提としたカリキュラムが組まれており、高等専門学校からの編入生が多いことが特徴です。
また、グローバル人材の育成にも力を入れており、異なる背景を持つ学生同士の交流を促進しています。
近年では女子学生の割合も増加しており、多様な学生が学びや研究を深めています。
高尾慶二の経歴
大学院卒業後の1984年4月にマツダ株式会社へ入社した高尾慶二さん。
マツダ株式会社でのカーオーディオやカーナビ、衛星通信の研究開発を経て、1992年に株式会社東京デジタルホン(現ソフトバンクモバイル)に転職しました。
1994年の会社開業(当時はデジタルツーカー)に立ち会い、移動体通信業界での豊富な経験を積みました。
J-フォン株式会社時代には、ショートメッセージサービス“SkyWalker”やインターネット接続サービス“J-SKY”対応携帯電話の開発を担当し、2000年には世界を変える“写メール”開発を主導しました。
この開発は、女子高生が携帯電話とレンズ付きフィルムを持ち歩く様子からヒントを得たもので、過去の失敗を克服するためデザインの崩さないこと、盗撮防止のためのマナーモードでのシャッター音の鳴らし方、自分撮りの可能性を重視しました。
当時は携帯電話分野への参入に出遅れたシャープとの協力で実現し、市場に新たな風を吹き込みました。
2004年にシニア・プログラム・マネージャーとして3G携帯電話開発のプロジェクトマネジメントをVodafone Globalで担当し、その後、株式会社IMDに転じて、ソフトバンクグループのBBモバイル株式会社にコンサルタントとして参画しました。
ここでは、飽和市場に新規参入しながらも既存事業者に勝つための戦略立案に携わり、高度な知識と豊富な経験、幅広い人脈を活かして移動体端末ミドルウェア・フレームワークの開発・提供に参画し、事業拡大に貢献しました。
スティーブ・ジョブズも高尾さんが開発した写メール付き携帯を参考にしたと言われています。
高尾慶二の主な経歴
- 1984年4月:マツダ株式会社 入社
- 1992年4月:株式会社東京デジタルホン(後のJフォン・ソフトバンクモバイル)
- 2008年1月:株式会社フェルモへ入社し、常務取締役に就任
- 2014年4月:富士ソフト株式会社へ入社し、顧問、執行役員、府常勤顧問を歴任
- 2020年4月:株式会社ナチュラル・ウインド 代表取締役に就任
- 2022年1月:高知酒造株式会社 シニアアドバイザーに就任
まとめ:高尾慶二さんの学歴と経歴
この記事では、写メールの生みの親として知られる高尾慶二さんの学歴と経歴を紹介しました。
スティーブ・ジョブズも参考にしたといわれる高尾さんが開発した写メール付き携帯。
今のスマホがあるのは、高尾慶二さんが写メールを開発したおかげかもしれませんね。
高尾慶二さんの今後ますますのご活躍を期待しています。
この記事のまとめ
- 高尾慶二さんは佐世保工業高等専門学校出身で偏差値66
- 高尾慶二さんは豊橋技術科学大学電気・電子工学専攻卒、大学院修了
- 豊橋技術科学大学は偏差値53、特色ある大学院重点教育
- 高尾慶二さんはマツダ入社後、東京デジタルホンへ転職、写メール開発主導
- 携帯電話分野での革新的成果に貢献、スティーブ・ジョブズも参考に
- 写メール開発は女子高生の行動からヒントを得て実現
- キャリアを通じて、移動体通信業界での豊富な経験と貢献
- 2022年には高知酒造株式会社シニアアドバイザーに就任
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