この記事では井川遥さんの旦那・子ども・実家の家族を紹介します。
物柔らかでおっとりとした雰囲気が魅力の井川遥さん。
癒し系女優の代名詞のような存在ですよね。
今回は井川遥さんの夫とその実家、結婚後の家族についてご紹介します。
井川遥の生い立ち
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1976年6月29日生まれ東京都墨田区出身の井川遥さん。
本名は趙秀恵(ちょう よしえ)さんといいます。
苗字から推測できる通り、韓国にルーツを持つ在日3世です。
短期大学を卒業した後、一度は一般企業に就職したものの、程なくしてモデルを経て女優業に転身しています。
井川遥の夫は国内外で広く活躍するデザイナー
2006年には結婚した井川遥さん。
お相手はメンズファッションブランドatoの設立者・松本与さんです。
夫の松本与さんは、井川さんより14歳年長のファッションデザイナーです。
南青山をはじめ国内各地に自社ブランドatoの店舗を構える他、海外にも販路を拡大するなど、意欲的に活動しています。
実際、atoのアイテムは東方神起のツアーの衣装にも、採用されたことがある程です。
またクリエイティブディレクターとして、INDIV(インディヴィ)というファッションブランドにも携わっています。
こちらはレディースなので、メンズブランドのatoに馴染みがない女性でも、INDIVの名前なら知っているのではないでしょうか。
松本与さんはファッションデザイナーとして有名なだけでなく、実家が大変立派な家柄であることが知られています。
松本与は大手企業の創業者の孫!先祖にはあの歴史上の人物も!
画像引用:https://thegardencloche.com/
由緒ある家柄の出身の松本与さん。
お父さんの松本冠也氏は、大手企業パイオニア株式会社の元会長でした。
パイオニアと言えば、日本を代表する音響機器メーカーですが、この会社を設立したのが冠也氏の父、つまり与さんの祖父の松本望氏です。
またお母さんも名家の生まれで、先祖を辿っていくと、徳川家康や岩倉具視といった歴史上有名な人物もいるのだとか。
父方、母方ともに輝かしい家系ですね。
しかし、松本与さんの実家と密接な関係にあるパイオニアも、ずっと経営が安泰だった訳ではありません。
2005年には業績悪化による赤字経営に陥り、当時の松本冠也会長と伊藤周男社長がその責任を取って相談役に退く事態にまで発展しています。
大企業とはいえ、ここまでくると大きな痛手でしょう。
松本与さんが井川遥さんと結婚したのは、お父さんの冠也氏が会長職を退いた翌年の2006年のことでした。
実は松本さんの周囲では、井川さんが在日3世であることを理由に、この結婚に反対する意見もあったようです。
当の2人は反対されるのを承知で、入籍に踏み切ったとの噂もありますが、何も後先のことを考えずに結婚した訳でもなさそうです。
この頃、井川遥さんは既に女優としての地位を確立していた一方、松本さんの立ち上げたブランドの知名度はそれほど高くありませんでした。
松本家としては人気女優と縁続きになることで、ファッションブランドのネームバリューを高めたり、経営不振に苦しむパナソニック社のイメージアップを図ることができるでしょう。
そうした思惑もあり、周囲も最終的には2人の結婚を認めたようです。
井川さんとしても、結婚で得るメリットが大きかったはずです。
元々、好感度抜群の美人女優として人気があった彼女ですが、有名企業の一族と親戚関係になれば、身元が確かになり、より信頼感も得やすくなるでしょう。
事実、彼女は結婚や出産を経た後も、数々の大手企業のCMに起用され、ブランドイメージや売り上げアップに寄与しています。
残念なことに、松本家の親族の中には、井川さんが在日であることに、未だに根強い抵抗感を持つ人もいるようです。
それでも大局的に見ると、この結婚が厳しい業界に身を置く井川さんと松本さん(パイオニアも含む)の間に、Win-Winの関係をもたらしたのは間違いないでしょう。
井川遥の子供は2人、お受験は?
結婚後、井川遥さんと松本与さんは、2人のお子さんを授かりました。
最初の子供は女の子で、2009年6月生まれ。
二番目は男の子で、2012年7月生まれ。
子供達の顔写真や名前は公開されていませんが、上のお子さんが幼稚園に入った2013年に頃に撮影したとみられる画像があります。
正面向きではないものの、長女の顔が写っていますね。
長女がどこの幼稚園に通っていたのか、明らかにされていませんが、「成城幼稚園か青山学院大学附属幼稚園のどちらか」との噂です。
ある情報筋によると、井川さんの長女の幼稚園には、以下の著名人のお子さん達も通っていたそうです。
この情報が正しければ、青山学院幼稚園の可能性が濃厚です。
井川遥の教育方針は「伸び伸び育てる」
青山学院の幼稚園は、競争率5倍以上の狭き門です。
幼児期から受験戦争とは大変な話ですが、セレブ家庭ではそのために子供を塾に通わせていますよね。
しかし井川さんの家庭では、運動関係の習い事を除き、特別な対策はしていなかったそうです。
その習い事では、ママ友の宮沢りえさんのお子さんと一緒でしたが、レッスン内容は幼稚園受験とは関係のないものだったとか。
むしろ母親としての井川さんは、「子供達には、伸び伸びと育って欲しい」と考えているるようです。
一家団欒の時間を大切にする方針から、あえて塾通いをさせなかったのでしょう。
それならば初めから受験のない公立に行く選択肢もありました。
しかし、井川さんのお子さんは「大企業の元会長の孫」。
セレブ家庭である以上、子供も幼稚園から有名私立に行かせるしかなかったのでしょう。
それに青山学院の幼稚園に入れば、大学までエスカレーター式で進めます。
先に挙げた市川染五郎さんなど、有名人のお子さん達も、幼稚園から系列の初等部に行ったそうですよ。
井川さんの長女も、既に幼稚園を卒園している年齢ですから、現在は系列の学校に通っていると思われます。
井川遥の厳格な父親
画像引用:https://renarena.lolipop.jp/
井川さんが「伸び伸びとした子育て」にこだわったのは、自身が育った家庭環境が影響していると言われます。
父親は非常に礼儀やしつけに厳しい人だったらしく、彼女も子供時代は食事の作法一つにまで細かく指導されたそうです。
場合によっては、口で注意せずに直接、子供に手を上げることもあったとか。
そうした家庭環境で育った遥さんが、周囲の視線や反応を過度に意識しやすい性格になったのは想像に難くないでしょう。
見方を変えれば、彼女の「癒し系女優」のキャラクターも、子供時代の環境で形成されたのかもしれません。
芸能界ではそのキャラクターが受け入れられ、ファンの心を掴みましたが、個人的には自己主張が不得手になるなど対人関係で苦労したようです。
そんな事情もあって井川さんは、親元を離れて独立した後も、暫くの間、お父さんと打ち解けられなかったといいます。
井川遥の子育ての方針は、自分の父親とは正反対!?
厳格な父親としばらく打ち解けられなかった井川遥さん。
本人もそれを「残念」だと思い、自分が親になった時は、子供の気持ちに寄り添い、伸び伸びと育ててあげたい」と願うようになったのでしょう。
お父さんの育て方を「他山の石」とした結果、それとは正反対の教育方針で子供達と向き合うようになった訳です。
この子育ての方針は間違っていなかったようです。
井川さんの長女に関しては、2013年4月の『女性セブン』で紹介されたことがあります。
その記事の概要を紹介すると。
井川さんには、普段から家族で外食するフランス料理店がありました。
当時、長女は幼稚園に入って間もない頃でしたが、店内ではしゃいだり騒ぐことも一切なく、スタッフにもきちんと挨拶をしていたそうです。
料理が出てくると自分でスプーンを使って食事をし、時にはスタッフに質問をすることもあったとか。
普通ならずっと大人しくしているのさえ難しい年齢なのに、行儀よく振舞って、スタッフに質問までするとは、立派で聡明なお子さんですね。
子供に礼儀作法をしっかり教える教育は、井川さんのお父さんと一緒です。
自身が子供の頃は、厳格すぎるしつけが大嫌いだったという井川遥さん。
母親になった今、子供を伸び伸び育てる一方で、お父さんの教育の良い点は、しっかり受け継いだのでしょう。
井川遥の実家の兄弟そろって野球好き
画像引用:https://xn--u9j791g8d659d0sbqzmz65ci5c.com/
井川遥さんには、お兄さんと弟さんもいます。
2人とも一般人なので、氏名や職業などの個人情報は明らかにされていません(おそらくこの先も公表されることはないと思いますが)。
お兄さんの職業に関しては「医師」という情報もありますが、その真偽は定かではありません。
ただこの兄と弟は大変な野球好きで、その影響もあって、遥さんも横浜DeNAベイスターズの熱烈ファンなのだとか。
チーム名が大洋ホエールズだったころから応援しているそうですよ。
井川さんは在日3世の韓国人ですが、野球の日韓戦が開催された時は、日本チームに声援を送ったそうです。
彼女のルーツを気にする人も少なくないようですが、芸能にもスポーツにも良い物には国境はありません。
井川さんの芸能活動も野球の試合も、楽しみながら観たいものですね。
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