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【内野聖陽の学歴と偏差値】出身校(小学校・中学校・高校・大学)と生い立ち、芸能界デビューのキッカケ

画像引用:http://anincline.com/高い演技力で、数多くの作品で熱演をしている内野聖陽さん。

渋い魅力と共に、圧倒的な存在感を放ち、主役級で活躍中です。

そんな内野聖陽さんの生い立ちや学歴、そして芸能界デビューのキッカケについて調べてみましたのでご紹介します!

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内野聖陽のプロフィール

 

《内野聖陽のプロフィール》
画像引用:http://竹野内おさむ.com/本名:内野 聖陽(うちの まさあき)
生年月日:1968年9月16日
出身地:神奈川県横浜市
身長: 177㎝
血液型:AB型
所属事務所:個人事務所(スターダストプロモーションと業務提携)

 

 

内野聖陽の出身地と実家の家族構成

 

画像引用:https://blogimg.goo.ne.jp/

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内野聖陽さんは、1968年9月16日、神奈川県横浜市にて誕生しました。

実家の家族構成は、両親に2人の姉を持つ5人家族。

内野さんは、3人姉弟の末っ子です。

幼い頃の内野さんは、小児喘息を患っており、体が病弱な少年でした。

そのため、父親が自宅の庭に鉄棒を作り、その鉄棒で懸垂をして体を鍛えたそうです。

そんな内野さんの実家は、横浜市港北区にある曹洞宗の雲松院というお寺です。

雲松院は、戦国時代から続く、由緒正しい古いお寺であり、内野さんの父親が住職を務めていました。

2人の姉を持つ内野さんですが、男の子は一人だったため、お寺の跡取りとして厳しく育てられます。

住職の資格も取得している内野さんですが、結果として内野さんは俳優となり、お寺の跡は継いでいません。

内野さんの父親は2002年に他界されていますが、その父は内野さんが俳優になることを反対し、最後まで内野さんが跡取りになることを諦めきれなかったようです。

そんな内野さんは、父親の葬儀にて檀家さんを前に、「私は中途半端な気持ちで役者をやっていません。

このまま役者を続けようと思うので、住職の跡を継ぐことはできません。」と宣言。

以来、実家の母親とは絶縁状態になります。

現在は、寺院は叔父が継ぎ、2012年には母親とも和解をされています。

なんだか両親がかわいそうな気もしますが、内野さんにとっては、役者と住職の二足のワラジを履くことは断じて許せないようですね。

 

 

 

内野聖陽の出身小学校・中学校

 

画像引用:http://livedoor.blogimg.jp/

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内野聖陽さんの出身小学校は、残念ながら公開されていません。

ですが、内野さんの実家は横浜市港北区小机町にある雲松院。

実家の住所からすると、横浜市立小机小学校の校区になります。

私立や国立などの小学校に行っていないならば、この小机小学校が内野さんの出身小学校の可能性が高いです。

小学校時代の内野さんは、引っ込み思案で照れ屋の性格だったそうです。

小学校卒業後は、世田谷学園中学校に進学をします。

同校は、東京都世田谷区にある私立の男子校であり、中高一貫校です。

曹洞宗が運営をしており、仏教専修科が設けられています。

偏差値は66です。

内野さんの実家は同じ曹洞宗の寺院になりますので、やはり将来は寺を継ぐことを前提に、同校を選ばれたのでしょう。

中学校から高校にかけては、バレーボール部に所属をしていたそうです。

 

 

内野聖陽の出身高校・大学と芸能界デビューのキッカケ

 

画像引用:http://livedoor.blogimg.jp/

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内野聖陽さんの出身高校は、世田谷学園高校です。

中学校の頃から世田谷学園中学校に在籍し、高校には内部進学をしています。

同校は、高校からの募集はスポーツクラスのみの募集とはなりますが、推定される偏差値は66~67です。

同校は曹洞宗が運営しているため、仏教専修科をもうけており、内野さんはこの科に在籍をしていました。

高校在学中に、住職の資格も取得しています。

高校卒業後は、実家の跡取りになることを考慮され、両親からは仏教系の大学に進学することを勧められます。

ですが、内野さんが選んだ進学先は、早稲田大学政治経済学部

難関の名門大学・早稲田大学の中でも最も難易度の高い学部で、偏差値は69です。

内野さんは、一浪を経て同大学に入学をします。

大学時代は、英語サークルに所属。

そのサークル内で英語劇を演じた内野さんは、演じることの楽しさを覚え、以後は俳優を目指すようになります。

1992年、大学在学中であった内野さんは文学座研究所に入所。

同期には寺島しのぶさんがいます。

翌年からドラマの端役などで出演し、役者修行をしていた内野さん。

1996年には、NHK連続テレビ小説「ふたりっ子」にも出演し、その名が全国に知れ渡るようになります。

同年には映画「ハル」で日本アカデミー賞新人賞を受賞。

同時に、実家の両親とは寺の跡取り問題で大いに揉めます。

ですが、寺の住職を継ぐという前提で俳優としての活動を許してもらいます。

以降は、文学座の主要俳優として長らく活躍し、数多くの舞台やミュージカル、ドラマや映画などの作品に出演。

2003年には、ドラマ「蝉しぐれ」でドラマ初主演を務め、2007年には大河ドラマ「風林火山」の主演にも抜擢されます。

2013年には長らく在籍していた文学座を退団し、現在は個人事務所に所属しながら、数々の作品で熱演を続けています。

プライベートでは、元タカラジェンヌの一路真輝さんと2006年に結婚をしますが、一女をもうけた後2011年には離婚をされています。

 

まとめ

 

俳優として、圧倒的な実力と存在感を放つ、内野聖陽さん。

高学歴の持ち主でありながら、由緒正しいお寺の出身で、跡取り問題で家族と確執があったこともわかりましたね。

そんな役者魂の熱い、内野聖陽さんのさらなる活躍を期待しましょう!

 

 

 

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