画像引用:http://suke-up.com/wp-content/uploads/2014/03/3c8b58ded0e192606a244ce706782cf1.jpg日本を代表する俳優の一人・西田敏行さん。

映画「釣りバカ日誌」シリーズをはじめ、あらゆる役柄でどっぷりとハマる演技を魅せてくれる俳優さんです。

そんな西田敏行さんの生い立ちや学歴、芸能界デビューのキッカケについて調べてみました。


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西田敏行のプロフィール

 

《西田敏行のプロフィール》
画像引用:http://doctorxdouga.net/wp-content/uploads/2017/11/AS20151105001168_comm-e1510359834286.jpg本名:西田 敏行(にしだ としゆき)
生年月日:1947年11月4日
出身地:福島県郡山市
身長:166㎝
血液型:B型
所属事務所:オフィスコバック

 

 

 

西田敏行の出身地と実家の家族構成

 

画像引用:https://stat.ameba.jp/

画像引用:https://stat.ameba.jp/

 

1947年11月4日、西田敏行さんは福島県郡山市にて誕生しました。

誕生当初の家族構成は、両親に西田さんという3人家族。

実父は大阪出身で、大阪貯金局に勤務。

西田敏行さんに似た、威風堂々とした優しい父だったそうで、西田さんの実母と結婚するまでに3度の結婚歴のあった人でした。

過去の3度の結婚ではすべて妻とは死別、その後福島県に転勤でやってきます。

そして、勤務先にいた西田さんの実母と出会い、年齢差31歳という状態で恋に陥り、周りの反対を押し切って結婚をしたそうです。

当時、西田さんの実父は、52歳、そして実母は21歳でした。

そして、西田さんが誕生後は家族3人、父の勤務する局の官舎にて仲良く暮らしていたそうです。

そんな幸せ生活もつかの間、西田敏行さんが4歳の時、実父が病気で他界します。

残された実母は敏行さんを連れて実家のある東京に戻り、美容院を開きます。

そのうち母も若かったのか、結婚を意識する相手ができますが、問題となったのは相手にも西田さんと同い年の男の子がいたこと。

先方にも男の子がいるのに再婚は出来かねると悩んでいたところに、実母の姉夫婦に子供がいなかったことから、養子の話が出ます。

そして、西田敏行さんが5歳の時に、実母の姉である叔母夫婦に養子として迎え入れられます。

実母はその後に再婚。

西田さんは、叔母夫婦が養父母となり、大切に育てられることになります。

 

 


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西田敏行の出身小学校・中学校

 

画像引用:https://encrypted-tbn0.gstatic.com/

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西田敏行さんの出身小学校と出身中学校はオフィシャルに公開はされていません。

ですが、ネットの情報によりますと、郡山市立小原田小学校郡山市立小原田中学校出身の可能性が高いようです。

実の叔母夫婦の養子となり、大切に育てられていた西田さんは、養父と養母と一緒に映画館に映画を見に行くことが楽しみとなります。

養父とは邦画、養母とは洋画を中心に鑑賞していました。

そして、映画を見ているうちに、自分もいつかこのスクリーンの中にいる人になりたいと強く思うようになります。

養父母であった家庭では、決して裕福ではなかったものの、父母がともにモダンを好む人でありました。

そのため、当時としては一般的に行われていなかった、洋風のクリスマスパーティを毎年していたそうです。

周りの友達からも、「西田の家に行けば紅茶が飲める」と言われて、それを目当てに来る友人もいたとか。

紅茶は当時では珍しかったようですし、西田家はとてもおしゃれな家庭だったようですね。

そんな西田さんは、中学に進学後はバレーボール部に所属します。

バレー部だった西田さんは、女子にも人気があり、試合には他校の女子も応援にかけつけていたほど。

当時は痩せており、なかなかのイケメンだったそうです。

 

 

 

西田敏行の出身高校校・大学と芸能界デビューのキッカケ

 

画像引用:http://livedoor.blogimg.jp/

画像引用:http://livedoor.blogimg.jp/

 

中学を卒業した西田敏行さんは、俳優を目指すため、ひとり東京に上京します。

親戚の家に下宿をさせてもらい、明治大学附属中野高校に入学をします。

明治大学附属高校は多くの著名人を輩出している有名校ですが、偏差値は70と高い進学校です。

そんな進学校に入学した西田さん、頭脳明晰だったようですね。

そんな西田さんは、高校でもバレー部に入ります。

それと同時に演劇部の顧問的な部員としても入部します。

福島県生まれの西田さんは、当時は福島訛りに悩んでいたそうです。

周りの友達からも福島訛りを笑われることがあったようで、そのため学校では無口になってしまいます。

高校卒業後には、明治大学農学部に入学します。

同じころ、日本演技アカデミー夜間部にも入り、そこで本格的に役者としての修行を行っていきます。

その後、大学は中退をし、同アカデミーの昼間部に移り、翌年に卒業。

この頃、念願の俳優デビューを果たします。

その後は、さらに演劇の勉強をするために、劇団青年座の養成所に入り2年後に卒業。

青年座の座員となった西田さんは、数々の舞台やドラマの出演をこなすものの、なかなか売れませんでした。

それでも地道に役者としての活動を続け、30歳を過ぎてから「西遊記」や「特捜最前線」などの人気ドラマに出演し、注目を浴びます。

80年代に入ってからは、主演ドラマや映画にも恵まれ、ドラマ「池中玄太80キロ」で大ブレーク。

さらに映画「釣りバカ日誌」シリーズは大ヒットを飛ばし、国民的な俳優として人気を得るようになりました。

 

まとめ

 

 

コミカルな演技から、真剣で凄みのある役柄まで、幅広い演技が素晴らしい西田敏行さん。

最近では、ベッドから転落をしたり、持病が見つかるなど健康面が心配ではありますよね。

そんな西田敏行さんが末永く、国民的な俳優であるよう、心から応援をしています!

 

 


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