画像引用:http://dramedia.link/wp-content/uploads/2017/04/mig-300x290.jpg女性ファンからは『最後の砦(とりで)』と呼ばれている独身俳優の佐々木蔵之介さん。

いくつもの偶然が重なり俳優を目指すことになりました。

佐々木蔵之介さん出身地や家族構成などの生い立ちや出身校、芸能活動を始めたキッカケなどを紹介します。


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佐々木蔵之介のプロフィール

 

《佐々木蔵之介のプロフィール》
画像引用:http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2015/06/sasaki-620x330.jpg本名:佐々木 秀明(ささき ひであき)
生年月日:1968年2月4日
出生地:京都府京都市
身長:182 cm
血液型:O型
所属事務所:ケイファクトリー

 

 

佐々木蔵之介の出身地と実家の家族構成

 

画像引用:http://www.sankeibiz.jp/images/news/140412/ecc1404121804001-p2.jpg

画像引用:http://www.sankeibiz.jp/

 

1968年2月4日生まれ京都市出身の佐々木蔵之助さん。

家族構成はご両親、お兄さん、蔵之介さん、弟さんの3人兄弟・5人家族。

佐々木蔵之介さんのご実家は造り酒屋・佐々木酒造を営んでいます。

佐々木酒造は京都の二条城の近くにあり、従業員数はナント29名の大所帯!

ただ、従業員数にはペットの猫の数も含まれているそうです…

現在、ご実家の佐々木酒造は弟さんが継いでいるそうです。

ちなみに、ご実家の佐々木酒造はホームページを公開しています。

関連情報リンク:佐々木造酒ホームページ

佐々木酒造のホームページによると、本当は佐々木蔵之介さんが家業を継ぐ予定だったそうです。

しかし、大学卒業後、蔵之介さんは俳優を目指し、家を飛び出てしまします。

また、東京大学出身の長男は酒造には全く興味がなく、建築家の道に進んでいます。

そのため、消去法で佐々木蔵之介さんの弟さんが家業を継いだそうです。

元々家業を継ぐはずだったのに俳優の道へ進んでしまった佐々木蔵之介さん。

このことがキッカケで勘当され、実家を出入禁止になった時期もありました。

しかし、勘当しながらも蔵之介さんの将来のことを気にかけていたお父さん。

蔵之介さんのNHK朝の連ドラ『オードリー』出演をキッカケに和解します。

お父さんは過去にはTVで蔵之介さんと共演したこともあります。

また、『蔵之介』の芸名もお父さんが名付けたのだそうです。

 


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佐々木蔵之介の出身小学校・中学校

 

画像引用:https://i2.wp.com/gamenique.com/wp-content/uploads/2015/10/sasakikuranosuke2.jpg?zoom=1.25&resize=168%2C196

画像引用:https://i2.wp.com/gamenique.com/

 

佐々木蔵之介さんの出身小学校は、京都市にある私立ノートルダム学院小学校です。

ノートルダム学院は名門校で京都の名家のご子息・ご令嬢が通う小学校です。

さすが造り酒屋の次男坊の蔵之介さん、小学校をお受験しいていたんですね。

ノートルダム学院は上級生と下級生が一緒に勉強する、自由な校風だったようです。

また、ノートルダム学院は小学校だけが共学で、中学からは女子校となります。

そのため、小学校卒業後、蔵之介さんは公立の京都市立二条中学校へ進学しました。

二条中学校は二条城が見える歴史のある中学校で穏やかな環境で過ごした様です。

中学時代の佐々木蔵之介さんは、特に将来の夢もなく、ボーっとしたタイプだったそうです。

しかし、勉強のほうはガリ勉タイプで成績は優秀。

そのため、佐々木蔵之介さんは、京都府で最も難関でバスケットで有名な名門高校に進学します。

 

 

佐々木蔵之介の出身高校・大学と芸能界デビューのキッカケ

 

画像引用:http://www.katoh.to/lib/960712/visual/image3.gif

画像引用:http://www.katoh.to/

 

佐々木蔵之介さんの出身高校は京都の洛南高校です。

関西地方の以外はあまり聞きなれない学校名だと思いますが…

実は、京都で一番の難関校で、偏差値73の高校です。

また、洛南高校は文武両道の学校で、バスケ部は全国大会三連覇した事のある強豪です。

高校時代の佐々木蔵之介さんは、家業の造り酒屋を継ぐ決心をしていたそうです。

そのため、酒造やバイオテクノロジーを学ぶために東京農業大学農学部に進学。

東京農業大学農学部の偏差値は55程度の大学です。

さらに大学3年生の時に国立の神戸大学農学部に編入します。

神戸大学農学部の偏差値は60~65の難関大学です。

この時点ではまだ家業を継ぐつもりで農学部に入学しています。

実家を継ぐ準備をするために神戸大学農学部へ編入した佐々木蔵之介さん。

佐々木蔵之介さんは編入した神戸大学で、演劇研究会に入会します。

入会した理由は、家業を継いだ時に備え、人前に立つ訓練をするためでした。。

しかし、これがで蔵之介さんの運命を変える選択となりました。

1990年の神戸大学演劇研究会の仲間で結成された劇団『惑星ピスタチオ』に参加。

これが佐々木蔵之介さんの芸能界入りするキッカケとなりました。

ただ、この時点では佐々木蔵之助さんは俳優に専念するつもりはありませんでした。

その証拠に、大学卒業後は家業の役に立つと考え、演劇を続けるかたわら、広告代理店に就職しています。

そして、劇団『惑星ピスタチオ』の活動とサラリーマンの二足のわらじを履いて2年後の1994年のこと。

佐々木蔵之助さんに転機が訪れます。

それは演劇集団キャラメルボックスからの客演の誘い。

演劇集団キャラメルボックスは1990年代に一世を風靡した人気劇団です。

キャラメルボックスの客演の誘いに喜んだ佐々木蔵之介さん。

しかしキャラメルボックスに客演するためには、東京で3ヶ月間過ごす必要がありました。

そして、東京で3ヶ月間過ごすことはサラリーマンを辞めなければならないことを意味します。

悩んだ佐々木蔵之介さんは広告代理店を退職。

そして、これが佐々木蔵之介さんがプロの役者になった瞬間でした。

 

まとめ

 

家業を継ぐために、小学生時代から受験を経験し、とても勉学優秀な青年時代を過ごした佐々木蔵之介さん。

もし、家業を継ぐ決心をしていなかったら、俳優になることもなかったでしょう。

これからの佐々木蔵之介さんのご活躍、応援しています!

 


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