画像引用:http://xn--koy72w7kbiylz7b.jp/wp-content/uploads/2013/10/bi-totake.png息子のビートたけし(北野武)さんが売れっ子芸人になった途端に小遣いをねだるようになった母・さきさん。

武さんも母親が『金の亡者』に成り下がってしまったと本気で思っていたようですが、その本当の理由を知った時に母親の愛情の深さを知ることになります。

母親・さきさんは何故たけしさんに金の無心を続けたのでしょうか?その本当の理由をご紹介します。


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ビート北野武のプロフィール

 

加増引用:http://zainichi.toshidensetu.net/img/snapcrab_noname_2014-1-30_0-8-34_no-00.png本名:北野 武(きたの たけし)
誕生日:1947年1月18日
出生地:東京都足立区島根
身長:169 cm
血液型:O型
最終学歴:明治大学工学部除籍(特別卒業認定)
事務所:オフィス北野

 

 

ビートたけしと教育熱心な母・さき

 

画像引用:http://stat.ameba.jp/user_images/20150421/19/djkoji100/c3/35/j/t02200165_0220016513282888716.jpg

画像引用:http://stat.ameba.jp/

 

1947年1月18日に塗装職人の父・北野菊次郎さんと母・さきさんの五男として誕生したビートたけしこと北野武さん。

母親のさきさんは『親の貧乏は子に連鎖する。貧乏を抜け出すには教育しかない!』という考えから教育熱心な人でした。

特にたけしさんに対しては『算数を勉強しておけば将来働き口に困らない』との考えから理数系を中心に勉強をさせていたそうです。

子供の教育のためには自身の生活も切り詰めるさきさん。

たけしさんも母親の期待に答え当時は進学校だった都立足立高校、そして明治大学工学部機械工学科に進学。

ただ、大学の生活になじめなかった武さんは徐々にドロップアウトしていきます。

武さんが浅草のストリップ劇場・浅草フランス座で芸人見習となった頃には近所の体裁が悪いという理由で北野家の中では武さんの存在は無かった事になっていたそうです。

厳しく育て大学まで入学させたにも関わらず芸人の道に進んだ武さんに対し、母・さきさんは激しく怒り、嘆き悲しんだそうです。

しかし、そんな北野家にも転機が訪れます。

 


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ビートたけしのブレーク

 

画像引用:http://shinbishika-guide.com/wp-content/uploads/2014/01/kitanotakeshi-04.jpg

画像引用:http://shinbishika-guide.com/

 

北野家の転機、それは昭和55年(1980年)に起こった『漫才ブーム』です。

キッカケは1980年4月1日にフジテレビで放送された『THE MANZAI』への出演。

この日を境にビートたけしさんは超売れっ子の人気芸人となります。

そしてお母さんに『芸人・ビートたけし』が認められる様になったのもこのこの頃からです。

その後ビートたけしさんは、一芸人に留まることなく『世界の北野武』として海外でも称賛される様になります。

長男は会社の取締役、次男は大学教授、そして末っ子はの武さんは超売れっ子芸人にして世界的な映画監督。

お母さんのさきさんも鼻が高かったことでしょう!

しかし、この頃からお母さんの武さんに対する態度に変化が見られるようになります。

 

 

金の無心を続けるビートたけしの母

 

画像引用:https://image.middle-edge.jp/medium/f93d74297fb86a98bbf4fe1e55887cba.jpg

画像引用:https://image.middle-edge.jp/

 

ビートたけしさんの母・北野さきさんの変化、それは武さんに金の無心をする様になったことです。

『最近テレビに出てるな…小遣いくれ!』

『孫に自転車買ってやるから20万円くれ!』

『病院にいくから30万円くれ!』

『旅行に行くから40万円くれ!』

『これまでお前を育てた費用だ、50万円くれ!』

超売れっ子になった北野武さんに対して、さきさんは何かと理由をつけて小遣いをねだる様になります。

そんな母親に対し武さんは『この強欲ババア!80超えて新しい男でも作ったか!? 』と悪態をつくこともあったそうです。

 

母さきの真の愛

 

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画像引用:http://thisisenglish.jp

 

1994年8月のこと、ビートたけしさんはバイクで事故を起こします。

なんとか一命は取りとめますが半年間の長期休養を余儀なくされます。

退院後の記者会見では顔面麻痺で顔の半分が動かない状態。

たけしさんの姿をみた雑誌記者は『再起不能』と報じました。

また、たけしさん本人も『芸能界復帰は無理かもしれない…』と思っていたそうです。

そんな時、さきさんはたけしさんに『あるモノ』をそっと渡しました。

そして武さんはその『あるモノ』を見た瞬間に、さきさんが金の無心をしていた本当の理由を知ります。

その『あるモノ』とは『貯金通帳とハンコ』です。

『お前からもらった金は全部とってあるから…これで残りの人生暮らせ…』

さきさんは、武さんから巻き上げたお金には手をつけず、武さんのために全額を貯金をしていたのです。

浮き沈みの激しい芸能界、いつ収入が無くなってもおかしくない職業です。

そんな仕事をしている武さんを案じて、さきさんはコツコツと貯金をしてくれていたのです。

『母親の愛情のスゴさってさ…堪らなかったねぇ…』と当時を振り返るたけしさん。

たけしさん47歳、さきさん90歳の時の出来事です。

 


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