画像引用:http://anaenta.com/wp-content/uploads/tamori1129.jpg?resize=200%2C253日本国民ならその名を知らない人はいないという程、国民的なタレント・タモリさん。

多数メディアに出演をしているものの、実際の素顔やプライベートは謎に包まれたイメージがありますよね。

そんなタモリさんの生い立ちや学歴、そして芸能界デビューのキッカケについて気になり、調べてみました!


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タモリのプロフィール

 

  《タモリのプロフィール》
画像引用:http://yoshidaproject.com/wp-content/uploads/2015/11/%E3%82%BF%E3%83%A2%E3%83%AA.jpg本名:森田 一義(もりた かずよし)
生年月日:1945年8月22日
出身地:福岡県福岡市 南区
身長:161cm
血液型:O型
所属事務所:田辺エージェンシー

 

 

 

タモリの出身地と実家の家族構成

 

画像引用:http://i-article01.com/

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タモリさんは、1945年8月22日、福岡県福岡市南区にて誕生しました。

この頃は太平洋戦争終戦から1週間後であり、世の中がまだまだ混乱していた時代でした。

そんな中、タモリさんはとても複雑な家庭環境にて幼少期を過ごします。

生まれた時の家族構成は両親に姉が一人いました。

タモリさんの実の両親は、タモリさんの義理の祖父母に養子にされた身でした。

義理の祖父母夫婦には子供がおらず、義祖母は親子ほど年の離れた末っ子の実弟(タモリさんの実父)を養子にし、義祖父は旦那と死別した実妹の子供(タモリさんの実母)を引き取り養子にしました。

そして、兄妹のように育った養子同士を結婚させ、生まれたのがタモリさんと実姉でした。

満州からの引き揚げ者だった実父は、日本に帰国後、三光汽船に勤務をします。

そんな実の両親はタモリさんが幼少の頃、離婚をしていしまいます。

無理もないですよね。

無理に養子にされて一緒に育ったのに、結婚までさせられたとなると、反発したくなるのもなんとなくわかります。

その後は、タモリさんと姉は義祖父母(実両親の養父母)に育てられました。

実父はその後タモリさんが大学の頃に亡くなられ、実母は2度の再婚をされているようです。

タモリさん自身も、「中学生程度の理解力では理解不能。高校程度の学力でやっと理解可能」だとご自身の生い立ちを話しているようですね。

いやあ、本当に複雑です。

 

 


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タモリの出身小学校・中学校

 

画像引用:http://miyabiki.com/

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タモリさんは、福岡市立西高宮小学校出身です。

幼少期に複雑な家庭環境だったからでしょうか、幼少期から大人びていたというタモリさん。

そんなタモリさんは、小学校3年生の時に下校中に電柱に顔をぶつけ、突起していたワイヤーが右目に突き刺さり失明するという不慮の事故に見舞われます。

2か月間学校を休んで治療にあたりますが、視力は戻りませんでした。

なんとタモリさん、右目が失明されてたんですね・・・。

現在は右目には義眼を入れ、それを隠すためにサングラスをしているそうです。

そんなタモリさんは不幸な事故に合いながらも、元気でたくましく生きていきます。

小学校の頃は当時としては珍しく、「男でも料理ができるようにならないといけない」という考えだった祖母から毎日料理の見学をしていたと言います。

それがキッカケで料理をするようになったそうです。

タモリさんの料理の腕前はプロ級としても有名ですものね。

小学校を卒業したタモリさんは、福岡市立高宮中学校に進学します。

中学では、陸上部と剣道部に入っていたというタモリさん。

運動が好きで活発な少年だったようですね!

また、この頃、近所にある教会にも通っていたそうです。

その理由は、教会の宣教師の身振り手振りの会話が面白く、観察のために通っていたそうです。

キリスト教だったわけではないようですね。

また、船が大好きで近所の港に船を見に行くのも日課だったというタモリさん。

どこの船なのかも全部知っていたそうで、この頃からその類まれな観察力が身についていたようですね。

 

 

タモリの出身高校・大学と芸能界デビューのキッカケ

 

画像引用:https://pbs.twimg.com/

画像引用:https://pbs.twimg.com/

 

タモリさんは、福岡県立筑紫丘高等学校に進学します。

筑紫丘高校の偏差値は、理数科で70、普通科で68という福岡でも有数の進学校のようですね。

そんなタモリさんは、高校時代は吹奏楽部と剣道部に入部します。

同時期に居合道にもハマり、2段を取得されています。

さらにアマチュア無線クラブにも入っていたそうです。

いろいろなことに興味があってハマってしまう性格のようですね。

そんなタモリさんは、高校卒業後は一浪を経て、早稲田大学第二文学部西洋哲学専修に進学します。

高校時代から進学校にも通い、一浪をしたとはいえ、早大に入るなんて優秀ですよね!

大学時代はモダンジャズ研究会に属します。

この頃についたニックネームが、本名の「森田」をもじったタモリだったそうです。

学生時代は、学生バンドの司会者としてテレビ出演もしていたというタモリさん。

そんなタモリさんは、その頃、学費用に仕送りされたお金を旅行に費やしてしまい、大学の学費を払えず、学費未納で除籍処分になってしまいます。

それを知った家族に福岡に連れ戻されたタモリさんは、その後保険の外交員などのサラリーマン生活を送ります。

その後も、ボーリング場の支配人や喫茶店のマスターなどと職を転々としていたタモリさん。

ひょんなことがキッカケで、芸能人の知人と知り合い、交友の輪を広げていきました。

そして、タモリさんの変人的な笑いのセンスに感動した赤塚不二夫さんがタモリさんを東京に上京させ、自分の家に居候をさせていたそうです。

その後、テレビにも出演をするようになり、コメディアンから司会業まで幅広いジャンルでその才能を開花していきました。

ちなみに大学除籍後は大学には復学をしていないようですね。

 

まとめ

 

お笑いから司会業まで、そのマルチな才能を発揮するタモリさん。

複雑な幼少期を過ごしており、高学歴であることもわかりましたね。

そんなタモリさんの今後の活躍に、これからも注目していきましょう!

 


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