画像引用:https://i.imgur.com/N5uj4hL.jpgフィギュアスケート界の絶対的王者・羽生結弦さん。

その美しい容姿と圧倒的な技術力で、世界中のファンを魅了しています!

そんなスター・羽生結弦さんのこれまでの生い立ち、出身校の偏差値、そしてフィギュアスケートを始めたキッカケなどをご紹介します!


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羽生結弦のプロフィール

 
《羽生結弦のプロフィール》
画像引用:http://mst-affiliate.com/wp-content/uploads/2017/11/20151127_ysb7cs-e1510293225792.jpg?resize=350%2C200&ssl=1本名:羽生 結弦(はにゅう ゆづる)
生年月日:1994年12月7日
出身地:宮城県仙台市泉区
身長:172cm
血液型: B型
所属事務所:ANA

 

 

羽生結弦の出身地と実家の家族構成

 

画像引用:https://yuzuruhanyusupportnetwork.files.wordpress.com/

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1994年12月7日生まれの羽生結弦さんは、宮城県仙台市にて誕生しました。

家族構成は、両親に姉が一人という4人家族です。

結弦という名前は、「弓の弦を結ぶように、凛とした生き方をしてほしい」という願いがこめられ、父が命名しました。

父は中学校の教員をしており、現在は中学校の教頭先生をされているようです。

母はずっとパート主婦をされていたようですが、羽生さんのフィギュアスケート生活をずっとサポートしており、現在はカナダで一緒に生活をされています。

姉は4歳年上で、8歳から18歳までフィギュアスケートをしていました。

ダブルアクセルまで飛べる実力者だったようですが、弟のフィギュアスケート生活とその費用を支えるため、スケートをやめ、現在はアイスリンク仙台で職員をしているそうです。

そんな羽生さんは4歳の時にフィギュアスケートを始めました。

羽生さんがフィギュアスケートを始めたキッカケは、4歳年上のお姉さんがフィギュアスケートをしていたことが理由でした。

なんでも姉の真似をしたがる可愛い弟だったようですね。

また、2歳のころから喘息を患っており、スケートを始めたのも喘息を克服するためだったといいます。

フィギュアスケートと言えばお金のかかるスポーツであり、多くは経済的に裕福な医師や経営者の子息が多い世界です。

そんな中でも、羽生さんのご実家は普通のサラリーマン。

経済的負担の大きいスケート衣装はすべてお母さんの手作りだったといいます。

羽生さんをサポートするために家族一丸となり、スケート費捻出のために苦労もされたようです。

 

 


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羽生結弦の出身小学校・中学校とフィギュアスケートデビューのキッカケ

 

画像引用:http://livedoor.blogimg.jp/

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地元にある仙台市立七北田小学校に入学した羽生結弦さん。

羽生さんが8歳の時に行われた2002年ソルトレーク五輪にて、ロシアのフィギュアスケート選手であり、世界チャンピオンだったエフゲニー・プルシェンコ選手の演技を見て心酔します。

彼のようになりたいと憧れを持ち、彼のトレードマークだったマッシュルームカットまで真似をします。

その頃、日本フィギュアスケート界での名コーチである都築章一郎氏の指導を受けるチャンスがやってきます。

都築氏の指導を小2から受けることとなり、羽生さんの才能が一気に開花します。

練習量は増え、友達とも遊べない。

そんな羽生さんは、一時はフィギュアをやめて野球をやりたいとも言っていたそうです。

ですが、才能のあった羽生さんは9歳で全日本ノービスBクラスの大会で見事初優勝を飾ります。

小6のころには、ローカル局の番組で「天才スケート少年」として特集が組まれ、年齢的にも出場が可能となるソチ五輪で「金メダルをとる」と発言をしています。

小学校を卒業した羽生さんは、仙台市立七北田中学校へ入学します。

中学1年生のころには、ノービスクラスの選手ながらジュニアの大会である、全日本ジュニアに出場し、3位に入賞します。

ノービスの選手がジュニアの表彰台にあがるのは、日本人男子初の快挙でした。

そして、中学3年生の時、ジュニアグランプリファイナル、世界ジュニア選手権を制し、ジュニアで世界一となります。

日本人男子としては初の中学生ジュニアチャンピオンでした。

やはり天才は、少年時代からその才能がずば抜けていますね!

 

 

羽生結弦の出身高校・大学

 

画像引用:http://blogimg.goo.ne.jp/

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中学校を卒業した羽生さんは、仙台市にある私立・東北高校に入学します。

東北高校と言えば、様々なスポーツ競技において強豪校として知られる偏差値41の学校です。

高校1年生の時にシニアデビューをした羽生結弦さん。

この年も着実に実力を上げ、四大陸選手権では史上最年少で銀メダルを獲得します。

その年、羽生さんは地元・仙台にて東日本大震災を経験します。

ホームリンクは被災して営業停止になり、自宅も被害を受け避難所生活を送るという不幸に見舞われます。

ホームリンクが営業再開するまで、多数のアイスショーに出演して各地を転々としていた羽生さん。

高校2年生の時には、全日本選手権3位に入り、初の世界選手権では銅メダルを獲得します。

そして、そんな羽生さんに大きく転機が訪れたのは高校3年生の時。

世界的な名コーチであるブライアン・オーサー氏のいるカナダ「クリケットクラブ」に練習拠点を移し、指導を受けることになります。

これによって才能をさらに開花した羽生さんは、質の良い4回転を2種類成功させ、SP世界歴代最高点を更新。

GPファイナルでは2位、そして全日本で初優勝を飾ります。

そして、2013年、早稲田大学人間科学部通信教育課程(℮スクール)に進学した羽生結弦さん。

大学に進学したタイミングで、ANAと所属契約を交わします。

その年のGPファイナルでは、SP世界歴代最高得点を更新し、金メダルを獲得。

続く全日本でも優勝した羽生さんは、2014年ソチ五輪に出場します。

ソチ五輪では、SPにおいて世界歴代最高得点を再更新し、見事アジア人男子初の金メダルを獲得します!

その後も世界選手権優勝を2度経験し、GPファイナルも4連覇。

次々と高難度の技や構成にチャレンジし、自身の持つ世界最高得点を更新しつづけました。

まさしくフィギュアスケート界の貴公子であり、他のスケーターとは次元の違う、絶対王者となったのです。

 

 

まとめ

 

ルックスにも恵まれ、その類まれな才能を生かし、確かな技術力と繊細さを氷上で操る、羽生結弦さん。

その演技は神々しく、世界中のスケーターが彼を尊敬すると言います。

そんな羽生結弦さんのこれからのさらなる活躍に、日本人として大きなエールを送りたいですね!!